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平成25年度桜蔭会富山支部 春・先輩をお訪ねして

石川美智子さん 〜作品との対話に魅かれて〜


最近、石川さんはご自宅で70歳の女性の訪問をうけたそうです。 「女子高校(現いずみ高校)で池田(石川さんの旧姓)先生に教えてもらって、先生に憧れて信州大学を出て国語の先生になり、定年退職したので今日は会いに来ました」とのこと。その後、県立近代美術館で石川さんの作品解説を聞き、「ギャラリートークの素晴らしさに感動しました」と1週間ほど前にその女性から受け取ったお礼状を見せていただきました。約50年もの間、教え子から憧れの思いを持たれていた石川さんです。


石川さんは昭和34年にお茶大国文学科を卒業、卒業後は県立富山女子高校の国語教師となり、翌年には結婚。ほどなく出産し、第1子が7ケ月の時にお姑さんが脳出血で倒れ、4年間勤めたあとやむなく退職。「あんたのように国立大学を出てこんなすぐ辞めるのは税金泥棒ですよ」と先輩教師に言われました。「嫁ぎ先には、大姑、舅、姑がいて大家族でびっくりしたの。幸いなことにこの大姑が『あんた、わたし座ったとたんに用事言いつけるねえ』とか言いながら、倒れた姑の世話をしてくれたのね。だから助かったの」 家事、育児、介護に加え、ご主人が県立中央病院を辞め、歯科医院を開業。 家事、育児、介護のほかに、医院の事務処理と従業員の管理も加わっての多忙な毎日を送りました。


■ボランティアグループ「どおむ」

近代美術館が開館して30年になりますが、2年後に解説ボランティアを募集。石川さんはボランティア1期生。以来ずっと解説ボランティアとして活動。平成15年〜20年には代表。現在約40人が登録している。主な仕事は作品解説ボランティア。それ以外に美術関係の新聞記事等のスクラップ、館内の整理整頓、案内、催事の補助などを行う。これらの仕事の他に学習会が年に4〜5回。 ■『富山近美友の会』 美術館の活動を基盤として、美術が好きな人や、美術館をもっと楽しみたい方のために、さまざまな活動を行う。現在会員数300人ほど。「プリズム」という冊子を年2回発行し、展示情報を提供。年会費3000円で展示の優待、館内喫茶券も。他県の美術館見学会を年に1回実施。石川さんは平成9年から20年まで理事。 ほかに近代美術館運営委員を平成11年から20年まで。現在は友の会副会長。


■わからない人の気持ちがよくわかる

「ボランティアしているというより、わたしがどれだけ多くのものを得たかわからないくらいです。人脈だったり友達だったり、アーティストに直に会ってお話ししたり、いろんなものが与えられたことを本当に感謝して、うれしいなと思っています。続けて来てよかった。もともと絵を見るのも描くのも好きで興味があったのね。ボランティアは新聞募集があり、知人も教えてくれて、しょっちゅう絵を見ていられるならうれしいや、と思って参加したの。特にここは現代美術中心だというので、今の美術はどんなものかとも思って。人より好奇心が余計あったのね。

「わからない人の気持ちがよくわかる」とは、ボランティアグループ『どおむ』が平成元年文藝春秋の取材で紹介されたときのタイトルでした。こういった現代美術は「わからない」って言う人多いでしょう。 じゃあ、わたしたちは解説ボランティアだからわかるかと言われるとそうじゃなくて、やっぱり作家その人しかわからないですよ、本当は。でもね、その人のどういう立ち位置で、どういう育ちで、どこの国籍で、どういう環境のどんな思いで作ったかな、ということを考えると、もしかしたらこうなのかもしれない、となんとなく感じることがあったりするんです。


数学じゃないから正解というものはないですね。どなたがどう観ようと、「それは間違いですよ」、とは誰も言えません。絶対に誰も言えません。その人がこんな風に観える、それでいいのです。 (題材が)女の人やお花やお山なんかであれば写真と一緒で見たままだけど、なんだかわからない作品を観ると、何なの、どうしてこれを描いたの、と考えなきゃいけない。そういう絵との対話がどうしても必要。向こう(作品)は黙っているけど、何使って描いたのかな、なんでこんな形?なんでこんな色?と思うことにより、自分で、もしかしてこうなのかなと考える。そうやっていろんなことを考えないと観れないわね」


■「どおむ」の活動から

「作家と出会えたことがすごく印象に残ってる。 あの(近代美術館)2階入口の大きな作品はサム・フランシス※1。 企画展で来館されて、直接会っていろんなこと話しましたよ。 実際その人と会って話をするのは、ボランティアしていなければできないわね。また通訳みたいなこともしていたので外国の大使がいらしたときはよばれて案内したりしたの。おこがましいね。国文科なのに。アイスランドの女性大統領フィンボガドゥティルさんがいらしたときは能楽堂での通訳をしました。講演会にみえた日本文化研究者ドナルド・キーンさん、文化勲章を受けられた倉敷の大原美術館館長の高階秀爾さんもみえたの。詩人の大岡信さんなど、そういうすごい人と直接話ししたりお食事したりして嬉しかったわ。


日本の作家であってもなかなか直接お話しできないのに、横尾忠則さんともお話できたの。 そういう方はすごい、その人の発する何かがあります。会わないとわからないオーラのようなものが。だからボランティアをしてよかった。強く印象に残ってますよね、そのときに話したこととか。

それにいい友達ができたこと。ボランティア活動で知り合って後で東京へ引っ越してしまった人ですが、いまでも東京へ行くと必ず会うくらいの無二の友達になれて、それらのいろんな出会いってすごくプラスでした。

もちろん、解説していてありがとうございましたと言われますし、見方が変わったとか言われる方もあって、それに対してこんなに感謝されて嬉しい、という解説自体の嬉しさややりがいもあります」


■スケッチ

「一番早かった趣味は読書と絵を描くこと。小さい時からなんでもいいから絵を描くことが好きだったの。姉が『映画の友』という雑誌を毎月とっていて、ハリウッドの美男美女を描いたりしていたものです。いまでも続けているけど、展覧会に出すとかではなく好きで描いているの。絵は習ったことはありません。展覧会に出すレベルじゃないのよ。(すばらしいですねという反応に)素晴らしいとかじゃないの、ただ自分の満足で描いているだけなの。

いつもちょこちょこっと描くスケッチブックを持ち歩いているの。サインペンで描いた後で、色鉛筆で色をつけるのね。この手帳のようなスケッチブックはモレスキン※2といってこれに描くの。旅行に行くときに小さいから持っていくわけ。いろんなところで時間があったら描くわけ。

旅行が好きで海外にもあちこち行ってますが団体旅行だと自由時間が限られているからその間に一所懸命描いてるわけ。集合時間に遅刻しそうになったりってこともあったけど。 ちょっとおもしろいかなと思ったら、ちょこちょこっと描くの。それと泊まったホテルの間取りもね。後で思い出せるからね。 今年は改めて1月1日から毎日なんでもいいからひとつはスケッチしようと決めて描いているのよ。 

この本はわたしのスケッチをパソコンに取り込んで知人が作ってくれたの。(取り出しながら)すごく嬉しくて。こういうふうに製本すると見られるでしょ。 いつも年賀状は下手くそな絵を描いてことばも全部手書きなの。輪郭とかは印刷するけど、色は自分でつけて」


■コントラクトブリッジ※3

「ブリッジについては、ルールを説明すると長くなるから簡単に言うと(写真をみせてもらいながら)ブリッジパーティをブリッジ仲間のお宅でやっている写真で、テーブルがいくつもあって4人ずつでやってるわけ。ブリッジは麻雀と違って運とは関係ないの。頭脳なの。麻雀なら配られた手の運があるけど、全く同じ手なら競争になるわね。世界選手権もあるような競技。8人が最低人数。そうでないと比較できない。

友達がやっていて誘われたの。そのとき8人ほど新規に誘われたけど、なかなか続かないの。もうダメとか言ってね。競争が嫌いとか辛気臭いとか。性格にもよるし。続けられるのはある程度プライドが高く、負けず嫌い。 最初は誰だって下手だから相手に怒られるわけ。「あら!そんなの出したらだめでしょ」と言って怒られる。でも「ごめんなさい」とか言いながらそれに耐えられないとダメなの。ずっと続ける人はある程度そういう面がないと続かない。勝負だし、レベル上の人同士だとめちゃくちゃ厳しいのよ。戦いって感じ。ピリピリピリってしているの。30年ぐらい続けているわね」 「わたしは舅、姑、実の母、大姑という上の人をなんとか送ったから、ブリッジの世界にはいれたの。 最初の海外旅行は40歳頃でハワイでした。「どおむ」の人たちと美術館の館長と行ったり、富山大学の遠藤幸一先生とイタリアへ行ったことなんかもあるけど、こういった方たちと行くといろいろ詳しい説明を伺うことができてよかったです。


だいたいは団体のツアーででかけてフリータイムに自分の好きなところに行くことにしているの。たとえばエクサンプロバンスに行ったときは、大概の人はセザンヌのアトリエなんか行くけど、わたしは一人でバスに乗ってヴィクトル・ヴァサルリ※4のヴァサルリセンターに行きました。美術館に作品があるから行きたいなと思ってね。そういう日本人があまり行かないところは、日本語ガイドなどはなくって英語で聞くことになるんですけどね。みなさんも、ぜひ、何かで機会があった場合は逃さずに思い切ってつかまえて行ったほうがいいですよ。」 どおむ、スケッチ、ブリッジは30年ほど、他にもフランス語、翻訳通信講座、日本語ボランティア、鼓、布花なども過去には。また、英会話はずっと継続し現在は外国語専門学校の大人のクラスに在籍中。学校の英語スピーチでは、マイケルジャクソンが来日して宿泊したホテルに偶々ご自身も宿泊、離日の日にマイケルがホテルから出て黒塗りの車に乗り込む様子を部屋の窓から見たことを「I saw him」のタイトルで発表。毎日を幅広く活動中です。


平成25年4月9日 近代美術館にて石川美智子さんにお話を伺ってきました。


- 注 釈 -


※1 サム・フランシス(1923~1994) 20世紀を代表するアメリカの抽象画家。パリ~ニューヨーク~東京のスタジオを行き来しながら、鮮やかな色彩がほとばしる独特の作品を創作し続けた。



※2 モレスキン Moleskine®は2世紀の間、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ、パブロ・ピカソ、アーネスト・ヘミングウェイ及びブルース・チャトウィンなどの芸術家や思想家に愛されてきた伝説的ノートブック。丸い角を持つシンプルな長方形、ノートを束ねるゴムバンド、そして内側のマチ付きポケット: フランスの製本業者によって一世紀以上もの間作られています。旅のお供にぴったりな大きさの頼れる存在。このノートブックは、有名な絵画や人気小説が世に出る前の貴重なスケッチ、走り書き、ストーリーやアイデアを記録してきたのです。


※3 コントラクトブリッジ (contract bridge)  コントラクトブリッジは、1組52枚のトランプを用いて4人でプレイするカードゲーム。単にブリッジと略すことも多い。世界130カ国以上で約1億人以上が楽しんでいる。カードゲームの中では珍しく、ペアを組んで競い合う、戦略的かつ知的な大人の遊びで、ビル・ゲイツやロス・ゴーン氏も愛好家。「ブリッジとは、これまでに人間の知力が考え出した最もおもしろく、最も知的なゲームである。」(サマセット・モーム)


※4 ヴィクトル・ヴァサルリ(1906〜1997) フランス国籍の現代造形画家。ハンガリー生まれ。幾何学模様を用いたオプティカルアートの先駆者。革新的な色彩と描写は現代美術の作家達に強く影響を与え、20世紀の重要な作家のひとりとして世界的に認められている。

 

石川さんには総会で何度かお顔を拝見していましたが、今日は写真も見せて頂いていろいろお話が聞けました。絵日記は本当に素晴らしくて、持って帰りたいくらいでした。とても楽しくて、これからの自分の生活の励みにもなった感じで、元気を貰って帰りました。オフホワイトのスーツがとてもお似合いでした。

二俣和子 記

 

支部では、不定期に先輩方のお話を伺って紹介したり、交流会を企画しています (編集担当 茂木 景)

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